日本にプロサッカーリーグが出来たのが1993年
それから35年近く経つ。しかし今回のワールドカップでわかったことは日本サッカーが優勝することは永遠にないということだ
どういうことかと言う事を説明するために
ここまでの日本サッカーの歩みを振り返りたい
日本が技術的なサッカーを目指したのは90年代からという意見がある
しかし実際にはそれ以前の80年代からブラジルをロールモデルとしていた
これは当時の日本の関係者が公言している
80年代当時、韓国のサッカー関係者は日本サッカーは韓国より格下であるという認識は持っていた
実際の戦績もそのとおりだ。あえて説明することもないだろう
日本サッカーは1993年の「ドーハの悲劇」という失敗を経て長期的な計画を立て今日までやってきた
当時から日本は「教科書的」という評価だ
技術や組織力は認められつつも意外性や個人のフィジカルの強さに欠けるため相手からすると脅威になりにくい
当時の日本サッカーの戦術的な面は見るに値するけど強豪国に対するフィジカル面での不足については当時から言われていた
相手からの印象はこうだ
「日本は技術的に上手いしチーム組織力もあるけどあまりにも教科書的なサッカーをする」
教科書的なサッカーという表現が一番ふさわしい表現だ
ショートパスやりとりしながら良いポジショニングをするのに意外性とか、フィジカル、個人力量で優るものがないから相手の立場で特に負ける気がしない
1990年代になると日本が韓国に勝つ試合が少しずつ出てきた
しかしスコアはいつも2:1勝利、ホームで1:0勝利といった具合だ
日本が一方的に韓国を圧倒する試合ではなかった
しかし1992年のダイナスティカップで韓国が日本に敗れた試合は韓国のサッカーファンにとって記憶に残る
この敗戦を機に韓国では「日本には勝って当然」という認識から「日本の脅威」を感じる危機論が生まれた
当時の日本の中心はブラジル留学経験のある三浦知良だ
ちなみに今でも選手として走ってる
2010年ワールドカップ直前それまで目指していたポゼッション重視の攻撃的なスタイルから守備を固めてカウンターを狙う現実的な戦術へ大きく変更した
本大会では本田圭佑選手をフォワードの位置に置くなど当時の監督であった岡田武史氏による大幅なシステム変更
2010年以前は技術とポゼッション(ボール支配)を重視した攻撃的なスタイルを目指していた
2010年以降は現実的な戦術変更を経て強豪国と渡り合うための組織力や守備の整備が進む
ブラジルをロールモデルにしたテクニカルなサッカー?を目指してきたけど
そもそもスタートの時点でとんでもないミスを犯していた
ブラジルらしいサッカーというのは単に技術とパスだけが優れたサッカーではないのです
彼らはフィジカルや運動能力からして怪物クラスなんです
日本人にはそれがなかった
フィジカルや運動能力が伴わない「技術サッカー」というのはただの偽物です
2006年ドイツW杯10年南アフリカW杯まではそれが形となって現れ初めて日本は気づくのです
日本サッカー協会が掲げていた「ブラジルのようなテクニカルなサッカー」は我々には失敗であると
この時から日本で「ブラジルのような技術サッカー」という叫びは消えていきます
もっと書こうとしたけどめんどくさいので終了
要約すると以下のとおり
南アフリカW杯で岡田の勝負手である(引いて守る、カウンター、運動量)が通用し新しい方向性を見出した。この時から本格的にブンデスリーガと協約を結び安く選手をヨーロッパへ売り始める
Jリーグ内部でも欧州リーグのトレンドと方向性に追従するための変化が始まる。(運動強度、スプリントのような統計でヨーロッパの平均に近い)
2010年岡田以後戦術の方向性で変化とともに日本サッカーは飛躍したけど日本には個人力量で秀でる選手がいないという共通点は今も変わらない
今回のワールドカップでも証明されたように引いて守るカウンターだけでは限界がある
みんなで守備しみんなで攻撃し11人みんながチームプレイヤー
結論
1対1で勝負できる選手が日本サッカーの仕上げの切り札になり得るが日本サッカーの育成システムではそういう選手は当分出てきそうにない
育てることもできない
よってワールドカップ優勝は永遠に手に入らない
証明終わり
韓国の反応
・韓国サッカーの限界も論じてください
・長く書いてますけど一言でいえば個の力がないということですね
・これは素晴らしい分析です。私は80、90年代のサッカーを知っているわけではありませんが非常に共感しながら楽しく読みました
・じゃあ今の日本の組織サッカーに大谷翔平みたいな凄いサッカー選手が登場したらワールドカップ優勝?
・そうでしょう
・日本サッカーの限界はフィジカルではありませんか?
・韓国サッカーが低迷してるのに隣国のサッカーの未来を論じるほど傲慢な事はありません
