"会見の最後、森保監督自ら「しゃべっていいですか?」と切り出し、「オランダ人の記者もいっぱいおられると思うので、改めてオランダの方々にも感謝を伝えたいと思います。といいますのも私自身、日本代表になったとき、当時プロはない時代でしたけれど、ハンス・オフトさん(元日本代表監督)というオ…
— 中村洋太 (@yota1029) June 15, 2026
森保監督は幼少期を長崎で過ごしている
1994年ワールドカップアメリカ大会を逃したけどその時の監督がオランダ人
その時の選手が森保
試合後の記者会見
森保監督「日本のサッカーはオランダのおかげで発展した。感謝したい」
世界の誰もが日本ファンが試合後に自ら観客席を清掃する姿に深い感銘を受けた
しかし韓国人の多くは試合後の記者会見で起きたこの美しい瞬間を知らないだろう
それは記者が試合に関する質問を一通り終えた後に起きた
監督の森保が最後に一言と要請し発言した
「一言お話ししてもよろしいでしょうか?」
彼は部屋の中のオランダ人記者たちの方を見ながら言った
「ここにオランダの記者の方々も多いようなのでこの機会にオランダ国民に改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います」
「自分が選手として日本代表に招集された1990年当時はまだプロリーグが存在しなかった.
Jリーグの創設後に選手育成と指導者のレベルが向上し選手の基本的な技術が向上した。そのとき日本サッカーはオランダ人監督やコーチに世話になった。現在100人以上の日本人選手がヨーロッパを中心に海外で活躍しており世界基準の環境で実力をつけている。これはそんなJリーグ草創期に指導してくれたオランダ人指導者のおかげだ」
「私はハンス・オフトというオランダの監督に指導を受けた。私だけではなく日本の監督全体が彼に大きな影響を受けそのおかげで今日の日本サッカーが発展することができました」
「伝説的なオランダ監督ウィム・ヤンセンはJリーグのサンフレッチェ広島で働き浦和レッズのコーチとしても活動し日本サッカーに貢献した」
「オランダ人はその二人だけではありません。日本サッカーのレベルアップに貢献した他の多くの監督やコーチたちにも感謝を伝えたいです。本当にありがとうございます」
韓国の反応
・江戸時代くらいからのオランダの功績も讃えておけ
・今でも半導体供給網で日本とオランダはつながっている
・韓国にはヒディングがいました
・日本はヒディング以前からオランダ人を招いていたんだね
・オランダと日本の関係は初めて知った
・なんで日本は鎖国したのだろうか
・江戸時代から鎖国日本が唯一心を開いたのはオランダです
・出島?
・なんでオランダ?
・当時の日本はオランダがヨーロッパで一番大きな国だと思ってたらしい笑
・日本は江戸時代からオランダに学んでいます
・オランダといえば本田圭佑もプレーしてなかったか?
・江戸時代からの古い友人だからね
・ちょっと調べたんだけど森保は今回の大会に不思議な縁がある。オランダ人監督オフト率いる日本代表が1994年にワールドカップを逃したんだけどその大会の地はアメリカだ。そして最後までピッチに立っていたのが森保選手だ。
しかも驚くことに森保監督が子供の時に住んでいたのが長崎市だ

