
彼は高校時代に野球選手として抜群の能力があったわけではなかったので初めは大学に行こうと考えていました。しかし大学入学条件の修学能力試験の点数が一定に足りず仕方なく高卒でプロ入りしサムスンに入団しました。当時、三星球場はとても小さく外野までの長さは95メートルでセンターまでは117メートルでした。イ·スンヨプが韓国で56本打ったと言っても諸外国と比べれば球場はとても小さく卓球場サイズだったのです。蚕室球場はもちろん、社稷、大田、光州よりも小さかったのです。当時、韓国の球場はほとんどが小さかった。三星球場は一番狭かったのです。記録によるとKBO時代の彼のホームランの飛距離はイマイチでした。日本進出後、一年目のホームランはたった14本だ。東京ドームなどの広い球場に対応しようと筋トレなどを行いパンチ力がぐんと増え最高で41本打った年もありますがこれが限界でした。95-117-95の球場と100-125-100の球場では全く違う種目になりますね。正直イ·スンヨプは運が一番よかっただけの選手です
韓国の反応
・それでもアジア記録の56本は立派だ。成し遂げた彼の偉業は称えなければならない
・それはそうです。卓球は卓球台のサイズは決まってますが野球の場合には外野までの距離は球場ごとに決まっていませんから。天運に恵まれたといってもいいですけど…
・日本の王貞治だって日本の狭い球場で世界記録を作りました
・王貞治はアメリカで同じように打てただろうか?アメリカの専門家の意見です。おそらくメジャーのバッターボックスに立つこともできなかっただろう
・当時一緒にやっていたサムスンの選手たちの価値もないってこと??????
・修学能力試験の点数が足りずに大学進学をあきらめたのは違います。当時進学希望だった漢陽大学の野球部の暴力文化を見て嫌になりわざと修学能力試験を受けずに三星に行ったと聞いてますが…
・イスンヨプは最近斗山の監督をシーズン途中で辞めましたね。監督として無能でした。このことを考えると、ただ実力がなくて大学進学の点数未達になったと見るのがよさそうです。当時、蚕室スタジアム以外は卓球場でした。確かにそう。まあそれでも年間の試合数が日本より少ない120くらいの時期によく56本も打ったと思います。2試合に1本の割合ですよ
・修学能力試験の点数がたりなかったのは、わざとだってネットに出てますけど
・もちろん運もあります。彼はそもそもピッチャーとして入団した。しかし入団した途端主力のバッターが負傷して代わりのバッターが必要になった。元々バッティングが良かったイスンヨプがバッター転向をコーチに勧められたのです
・当時、サムスン球場はイ·スンヨプ一人で使っていたんですか?他の選手のホームラン数と比べてもズバ抜けてましたが…
・日本に行ってもホームランあはそれなり打った。日本時代8年で159本だ。まあまあ頑張ってる
・国際大会でもホームラン打ってるよ
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